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五行大義(249)

私も「学びの途中」であることをご理解いただければと思います。したがって誤った理解もあるかもしれません。その際にはご指摘いただければと思います。また、内容については適宜集成・追加させていただきます。
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情性を論ず
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『論衡』には、「人の五臓は心臓を中心とし、心臓は智恵を生み出して、他の四臓はこれに従う。肝臓は喜であり、肺は怒であり、腎臓は哀であり、脾臓は楽である。だから、聖人は五臓を節制して、五性を損なうことを恐れている」とある。翼奉には「好であると膀胱はこの影響を受けて、水が外に出ようとする。だから好という。怒りの状態であると胆のうはこの影響を受けて、少陽が盛んになりはじめて、万物は生まれ出でようとする。悪であると小腸が影響を受けて、夏には万物が生長し、人為を嫌う。だから悪という。喜びの状態にあると大腸はこの影響を受ける。金は貴重なものである。だからみな喜ぶのである。楽しんでいる状態にあると、胃はこの影響を受ける。土は万物を生長させ、誰もがみな楽しむ。哀しみの状態にあると三焦はこの影響を受ける。陰陽の府に陽気は上昇し、陰気は終束し、宮室には陰陽の気はなくなってしまう。だから三焦という。それゆえ、哀しみ棲むのである」とある。

論衡は四季によって五臓を論じ、翼奉は六風と六情の関係によって六府を論じている。脾臓・腎臓の二臓器は五臓・六府に同じである。肝臓・肺の二臓器は五臓・六府に同じでないのは、五臓では西方すなわち秋に配当される肺に殺罰の性質があるので怒とする。六府では肺は珍重されるものに値するので、喜となる。肝臓は春気によって機能している。よって喜となる。胆のうは火がよく燃えることにあたるので、怒となる。二つの理論は同じである。また(翼奉は)「喜の気を暖として春に配当し、怒の気を晴として秋に配当し、楽の気を陽として夏に配当し、哀気を陰として冬に配当する」と述べている。これは、論衡の考え方と同じである。
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Author:core_dump

「AyajinSoft」の[Ayajin」ですが、今は昔、某所に派遣されていた時に、「怪しい人=怪人」と呼ばれたことがあり(オシロスコープなど、他の人が持っていないようなものを持っていただけなんですけどね)、なぜかこの音が気に入ってしまい、以来、この表記を使っています。

基本的に組み込み技術者です。一時期、iOSアプリの開発に従事していましたが、今後は制御系を中心にやっていこうと思っていますが、なにぶん相手のある話なので、組み込みや制御を中心に、アプリ寄りなところまで含めて幅広くやって行こうと思っています。

技術者なのですが、最近、いろいろなことに興味や面白さを感じるようになりました(ソフトウエア工学だけでなく、自然科学、人文科学、社会科学などなど)。それが高じて、現在、大学で哲学を中心に勉強しています。

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