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五行大義(169)

私も「学びの途中」であることをご理解いただければと思います。したがって誤った理解もあるかもしれません。その際にはご指摘いただければと思います。また、内容については適宜集成・追加させていただきます。
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雑配を論ず
第五、五常に配するを論ず
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五常というのは、仁・義・礼・智・信のことである。この行いは窮まりなく、いつも欠いてはならないので、「常」と名付けるのである。また、五徳というものは、これをいつも実践すれば、その徳を備えることができるので、五徳というのである。

そこで、この五徳を五行に配当してみる。後漢の学者である鄭玄は、『礼記』中庸篇を注釈して、「木の神は仁であり、金の神は義であり、火の神は礼であり、水の神は信であり、土の神は知である」と言っている。『詩緯』等の説もこれと同じである。詩を伝えた毛公や、易を解釈した京坊等の説くところでは、どれも、土を信に、水を智に当てている。

『漢書』の天文志には「歳星(木星)は、人事において、五常では仁に、五事では貌に対応する。(もし)仁を欠き、貌を失い、春の時に行うべき令に背いて、木気を損なったならば、その罰は歳星に表れる。熒惑(火星)は人事において、五常では礼に、五事では視に対応する。(もし)礼を欠き、視を失い、夏の時に行うべき令に背いて、火気を損なったならば、その罰は熒惑に表れる。太白(金星)は、人事において、五常では義に、五事では言に対応する。(もし)義を欠き、言を失い、秋の時に行うべき令に背いて、金気を損なったならば、その罰は大白に表れる。辰星(水星)は、人事において、五常では智に、五事では聴に対応する。(もし)智を欠き、聴を失い、冬の時に行うべき令に背いて、水気を損なったならば、その罰は辰星に表れる。鎮星(土星)は、人事において、五常では信に、五事では思に対応する。仁・義・礼・智は、信をその根本としている。貌・言・視・聴は、思をその基本としている。この四事をことごとく失ったならば、鎮星はそのために動くのである」とある。
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Author:core_dump

「AyajinSoft」の[Ayajin」ですが、今は昔、某所に派遣されていた時に、「怪しい人=怪人」と呼ばれたことがあり(オシロスコープなど、他の人が持っていないようなものを持っていただけなんですけどね)、なぜかこの音が気に入ってしまい、以来、この表記を使っています。

基本的に組み込み技術者です。一時期、iOSアプリの開発に従事していましたが、今後は制御系を中心にやっていこうと思っていますが、なにぶん相手のある話なので、組み込みや制御を中心に、アプリ寄りなところまで含めて幅広くやって行こうと思っています。

技術者なのですが、最近、いろいろなことに興味や面白さを感じるようになりました(ソフトウエア工学だけでなく、自然科学、人文科学、社会科学などなど)。それが高じて、現在、大学で哲学を中心に勉強しています。

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