FC2ブログ

五行大義(163)

私も「学びの途中」であることをご理解いただければと思います。したがって誤った理解もあるかもしれません。その際にはご指摘いただければと思います。また、内容については適宜集成・追加させていただきます。
-----
雑配を論ず
第四、蔵府に配するを論ず
-----
「脾臓は食物を貯蔵する器官であり、五味を出す」について説明すれば、万物は、土から生ずるもので、死ぬとまた土に戻る。五穀が口から体内へ入ると、脾臓がこれを受容する。だから、五味が生じるのも、またここからなのである。

「肺臓は大臣や養育係のような器官であり、秩序や節度を出す」について説明すれば、金はものを裁断することができる。大臣や養育係はの任務は、政治の在り方を明らかにし、上下それぞれ教えに従い、皆が礼節を持つようにさせることである。肺臓は五臓において、(体内の)秩序や節度をコントロールするところである。『楽緯』には、「商とは章(あきらか)ということである。臣下は君の徳をあきらかにして、上下の秩序を整える」とある。また、大臣や養育係の働きによって、腎臓は働くのである。

「腎臓は身体を強固にする器官であり、技巧を出す」について説明すれば、水の性は智であり、智があれば技能も多く、だから、技巧があるのである。巧とは、自らを勉めて休まない、ということなのである。『黄帝八十一難経』には、「臓は各々一つであるのに、腎臓だけは二つであるのは何故か。答えー左は腎であり、右は命門である。命門とは、精神の集まるところである」とある。『河図』には、「肝・心は身体の左にあり、脾・肺は右にある。腎と命門は共に脈のでるところにあり、これは脈どころである」とある。問いー前の解釈では、腎は陰であるので二つあると言っていたが、ここでは、左は腎で、右は命門であると言っている。この二説は自ら矛盾するものではないか。答えー命門と腎とは、名称は異なるが、形体は同じものであり、共に水の蔵であって、形体と性質は同じであり、だから、二つ並んであるのである。陰の数(二)を主として名称を付けるならば、左右二つの名称となり、各々が働きをなすのである。それは、三焦・膀胱は共に水の府であるが、二つの名称を持っていても支障がないのと同じである。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

core_dump

Author:core_dump

「AyajinSoft」の[Ayajin」ですが、今は昔、某所に派遣されていた時に、「怪しい人=怪人」と呼ばれたことがあり(オシロスコープなど、他の人が持っていないようなものを持っていただけなんですけどね)、なぜかこの音が気に入ってしまい、以来、この表記を使っています。

基本的に組み込み技術者です。一時期、iOSアプリの開発に従事していましたが、今後は制御系を中心にやっていこうと思っていますが、なにぶん相手のある話なので、組み込みや制御を中心に、アプリ寄りなところまで含めて幅広くやって行こうと思っています。

技術者なのですが、最近、いろいろなことに興味や面白さを感じるようになりました(ソフトウエア工学だけでなく、自然科学、人文科学、社会科学などなど)。それが高じて、現在、大学で哲学を中心に勉強しています。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスカウンタ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR