五行大義(97)
私も「学びの途中」であることをご理解いただければと思います。したがって誤った理解もあるかもしれません。その際にはご指摘いただければと思います。また、内容については適宜集成・追加させていただきます。
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扶抑を論ず
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扶とは、助けるという意味であり、抑とは止まり退くことから名付けられたものである。五行がそれぞれ成り立つと、盛んになったり衰えたりして尊卑が交代する。だから、互いに助けたり退いたりするのである。その意味は、互いに巡り合うということである。
母が子を持つことを扶とし、子が母に会うことを抑とする。子には孝行を尽くして母を助け、母に従うという道がある。だから、子を扶とするのである。母には厳しく子を指導するという道がある。だから、母を抑とするのである。
互いに扶けるとは、木は水を助け、水は金を助け、金は土を助け、土は火を助け、火は木を助けるということであり、これらはすべて、母が子を持つことである。
互いに退けるとは、木は火を退け、火は土を退け、土は金を退け、金は水を退け、水は木を退けるということであり、これらはすべて、子が母に会うことである。
柳世隆の「亀経」には「扶は寿(長生き)であるが、抑はそうではない。扶は起こるが、抑は止む。扶は仰ぐが、抑は伏す。扶は進むが、抑は退く。扶は行くが、抑は停まる。扶は吉であるが、抑は凶である。」とある。
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扶抑を論ず
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扶とは、助けるという意味であり、抑とは止まり退くことから名付けられたものである。五行がそれぞれ成り立つと、盛んになったり衰えたりして尊卑が交代する。だから、互いに助けたり退いたりするのである。その意味は、互いに巡り合うということである。
母が子を持つことを扶とし、子が母に会うことを抑とする。子には孝行を尽くして母を助け、母に従うという道がある。だから、子を扶とするのである。母には厳しく子を指導するという道がある。だから、母を抑とするのである。
互いに扶けるとは、木は水を助け、水は金を助け、金は土を助け、土は火を助け、火は木を助けるということであり、これらはすべて、母が子を持つことである。
互いに退けるとは、木は火を退け、火は土を退け、土は金を退け、金は水を退け、水は木を退けるということであり、これらはすべて、子が母に会うことである。
柳世隆の「亀経」には「扶は寿(長生き)であるが、抑はそうではない。扶は起こるが、抑は止む。扶は仰ぐが、抑は伏す。扶は進むが、抑は退く。扶は行くが、抑は停まる。扶は吉であるが、抑は凶である。」とある。